時間を作るために辞めた7つのこと
人生とは、時間そのものだ。
僕たちは普段、お金を失うことには敏感なのに、時間を失うことには驚くほど無頓着である。
ショート動画に1日数時間費やしている人は多いが、もし10分につき1000円払わなければならないなら誰も見ないだろう。
お金は、また稼ぐことができる。
しかし過ぎ去った時間は、どれだけお金を積んでも買い戻すことができない。
それなのに、僕たちは何に時間を失っているのかを考えるよりも、どうすれば時間を節約できるかばかりを考えている。
もっと効率よく働く。もっと早く終わらせる。もっと多くのことをこなす。
ここには奇妙な矛盾がある。
効率が上がれば、本当に自由な時間は増えるのだろうか?
1時間かかっていた仕事が30分で終わるようになっても、空いた30分に別の仕事を入れてしまえば、何も変わらない。
むしろ、以前より多くのことができるようになった分、より多くのことを求められるようになる。
僕たちは時間を生み出す技術を手に入れながら、その時間を自分のものにできていない。
AIツールで作業を委託できるようになったのに、以前より時間に追われている人も珍しくないだろう。
これは単なる時間管理の問題ではなく、「自分の人生を何に差し出しているのか」という問題だ。
人間は、何かを選ぶたびに別の何かを選ばないこと、トレードオフを無意識に受け入れている。
仕事を選べば、その時間には本を読めない。誰かの期待に応えれば、その分だけ自分の望みを後回しにすることになる。
もちろん、他人のために時間を使うことが悪いわけではない。
問題なのは、その選択を自分でしているのか、それとも選んでいるつもりになっているだけなのか、ということだ。
誰かにとっての常識が、自分にとっての義務になる必要はない。
自由とは何でもできる状態ではなく、何に自分の時間を使うかを、自分で決められる状態なのだと思う。
だからこそ、大事なのは何かを新しく始めることだけではなく、
「何を辞めるのか」
その決断が残された時間を何に使うかを決めることでもある。
僕自身、時間の使い方を変えるために、当たり前だと思っていた7つのことを手放してきた。